顔面神経麻痺

顔面神経麻痺の急性期治療

標準的治療

急性期(発症7日以内)治療の目的は神経の再生を促進させることではなく、変性を防止することである。麻痺の早期識別診断に務めると同時に適切な薬物療法を開始し、高度麻痺例に対しては発症1週間前後に誘発電図検査(ENoG)を行い、ENoG値が10%以下に低下した場合にはできるだけ早期に減荷術を施行する。また、薬物療法にあたっては以下の臨床的事項を考慮する。

  1. Bell麻痺は予後良好で約70%は自然治癒するのに対して、Hunt症候群は予後不良で約30%しか自然治癒しない。
  2. 麻痺は発症時では軽く、2〜3日で悪化し、1週間前後で最悪になる。
  3. 神経浮腫のピークはBell麻痺では発症1週間前後であるが、Hunt症候群では2週間前後まで遷延する。
  4. 臨床状態からBell麻痺と診断される症例には約20%に不全型Hunt症候群(ZSH)が存在し、高度麻痺を呈することが多い。
  5. 抗ウィルス薬はウィルスの増殖を抑制する薬剤で、麻痺発症3日以内の投与開始が望ましい。
  6. HSV-1とVZVでは抗ウィルス薬の必要量が異なる。
  7. ステロイドの抗炎症、抗浮腫効果は容量依存で早期に投与するほど有効で、遅くとも浮腫がピークになる10日以内の投与が望ましい。

以上のことから、Bell麻痺とHunt症候群における薬物療法のポイントは、麻痺の重症度を評価し、適切な時期に適切な薬剤を適切量投与することである。

Bell麻痺の急性期では、重症度のレベルによってステロイドの投与する量を調整し、7日間で漸減終了する。また、抗ウィルス薬は中等症、重症例にのみ使用する。ただし、重症例でHunt症候群を考慮した抗ウィルス薬の容量調整が必要な場合もある。また、発症数日間は麻痺が悪化することがあるため、軽症例においても数日後に再診し、麻痺が進行している場合には中等症、重症例に準じた治療に変更する。ステロイドや抗ウィルス薬は副作用もあるため、糖尿病、高血圧、消化管潰瘍、妊娠などを合併する症例や腎機能障害者には内科医と相談し慎重に投与する。

亜急性期(発症8〜14日)以降はさらなる麻痺の悪化は生じないため、ステロイドは軽症例には使用せず、中等症例や重症例には急性期に準じて投与する。なお、抗ウィルス薬の麻痺発症8日以降の投与や、ステロイドの麻痺発症14日以降の投与は効果が期待できないため、推奨されない。

Hunt症候群はBell麻痺と異なり発症10日以降も神経変性が進行し、予後も不良で自然治癒率は30%に満たない。また、VZVはHSV-1の3倍量の抗ウィルス薬を投与しなければ、十分な増殖抑制効果が得られない。したがって、急性期には重症度によって適切な抗ウィルス薬を投与する。亜急性期には、抗ウィルス薬の麻痺に対する効果は期待できないが、帯状疱疹や痛みが強く、また難聴やめまいを伴う症例には急性期に準じて投与する。ステロイドは、急性期にはBell麻痺の量に準じて投与し、亜急性期には治癒遷延例も多いことから軽症例にも少量程度投与する。

ビタミン剤やATP製剤、循環改善薬の効果に関する十分なエビデンスはないが、ステロイドや抗ウィルス薬投与中に麻痺が完治することがほとんどないことから、これらの薬剤は亜急性期以降も麻痺がある程度改善するまで投与する。

ステロイド

急性期の顔面神経麻痺に対するステロイド療法は、一般的に普及している治療法であり、その有効性に関するエビデンスは高い。通常はプレドニゾロン換算で1mg/kg/日(成人男性で60mg/日、女性で40mg/日が目安)を経口投与し、1〜2週間程度で漸減終了する。しかし、選択すべきステロイドの投与量や投与方法は、顔面神経麻痺の程度、病期によって異なる。

Bell麻痺とHunt症候群の主病態は側頭骨骨管内での炎症、浮腫であり、抗炎症、抗浮腫を目的としたステロイドを投与することは合目的的である。顔面神経麻痺の予後を決定する因子は、神経障害の程度であり、ステロイドを中心とした薬剤投与により、発病初期の進行を予防することが重要である。麻痺発症1週以上経過した軽症例では、ステロイドを投与しなくても治癒する例が多い。経口ステロイドは非常に吸収効率が良い薬剤である。よって、通常量のステロイド投与は経口で十分であり、合併症のない患者では点滴静注のための入院は必要性は低い。

麻痺の病因はヘルペス属ウィルスを中心とした感染症である場合が多く、免疫抑制作用をもつステロイドの使用には、副作用の理解に基づいた細心の注意が必要である。また、ステロイドの大量療法の利点は、高い治癒率が得られ、後遺症の発生率が低いことであるが、

  1. 入院を要する
  2. 糖尿病の症例に施行しにくい
  3. 合併症(腎障害、肝障害、胃潰瘍、精神症状)が比較的多い

以上のような欠点もあることから、重症例に限っての適用となり、副作用の出現にも十分留意する必要がある。

合併症について

糖尿病
Bell麻痺とHunt症候群では約10〜20%と高率に糖尿病を合併することが知られている。糖尿病による細胞性免疫の低下に伴い、ヘルペス属ウイルスの再活性化が増加することが原因として示唆されている。
Bell麻痺の自然治癒率は約70%であるが、糖尿病を合併した際の自然治癒率は約30%とされる。ただし、糖尿病合併例であってもステロイドや抗ウイルス薬を用いた薬物療法を行うことにより、非合併例と同等の治癒率であるとする報告が多い。
ステロイドは糖新生促進や耐糖能の低下を招き糖尿病の増悪をきたすため、糖尿病合併例の治療においては、内科医と連携し厳格な血糖コントロールのうえで、積極的にステロイドをすることが望ましい。
高血圧
ステロイド投与による高血圧の発症頻度は20%前後とされ、高齢者では約2倍に増加する。また、プレドニゾロン20mg/日以上で発症頻度が高く、血圧上昇の副作用発現は投与開始後1週間以内に多いため、顔面神経麻痺に対する通常の投与でも十分起こりうる。特に高齢者への投与、また大量投与時には、頻回の血圧測定など厳重な管理が必要である。
胃潰瘍
消化性潰瘍の原因はステロイド投与に伴う胃酸およびペプシンの分泌亢進、胃粘液の分泌減少粘膜保護作用の低下である。特にプレドニゾロン20mg/日以上、高齢者、消化性潰瘍既住者で発症しやすいとされる。ステロイド投与中はH2ブロッカーを併用し、消化性潰瘍患者、特に高齢者ではプロトンポンプ阻害薬の投与も考慮する必要がある。
精神病
精神病合併例ではステロイド精神病による症状の修飾や悪化に注意が必要である。ステロイドによる精神・神経障害の機序は十分に解明されていない。発症頻度は2〜50%と報告により大きな差があるが、投与量に依存して頻度が増加するという報告がある。発症はステロイド投与初期に起こるとされ、その病態は多彩で特徴的な精神病態はないが、躁うつの頻度が高い。
その他には不眠、不安、強迫観念などに加え一部には自殺企図がみられる。ステロイド投与開始早期には患者の精神状態の発現に注意し、精神病合併例やステロイド精神病が疑われれば直ちに精神神経科医に紹介し、適切な判断を仰ぐ必要がある。

妊娠中の場合について

妊娠は末梢性顔面神経麻痺の誘因と考えられ、人口10万人に対して約45人と同年代の非妊娠女性に比べ発症頻度が高いことが知られている。妊娠中の顔面神経麻痺の治療にはステロイド、抗ウイルス薬などの薬物療法と減荷術があげられる。経口ステロイドの1つであるプレドニゾロンはヒトでは胎盤通過性が低く、胎児への移行が少ないため比較的安全とされる。
また、抗ウイルス薬であるバラシクロビルは米国FDA基準ではカテゴリーBに属し、妊娠や胎児への危険は少ないとされている。いずれにしても妊娠中に使用して安全であることが証明されている薬剤はほとんどないことから、妊婦への薬剤投与にあたっては胎児毒性もありうることを常に念頭におくべきである。具体的には薬剤の使用はできるだけ少量かつ短期間とし、妊婦の妊娠週数を考慮し、産科医と相談しながら投与することが重要である。

小児の場合について

小児の顔面神経管内では絞扼変性が起こりにくいため、神経障害の程度が軽症に留まる場合が多い。また、小児の神経は再生能力に優れているため、成人と比べ早期に完全回復する割合が高い。
ただし、小児、特に学童期では耳介の帯状疱疹、めまいや難聴のない不全型Hunt症候群が比較的多いため注意が必要である。また、非常に稀とされてきた乳幼児のHunt症候群も、近年増加傾向にあることを念頭においた対応が必要である。

抗ウイルス薬

Bell麻痺とHunt症候群において、抗ヘルペスウイルス薬であるアクシロビルをステロイドと併用する薬物療法が施行される。ステロイド単独群に比較してアクシロビル併用群では有意な改善と脱神経の予防が認められたと報告がある。ただ、Bell麻痺においては抗ウイルス薬のルーチン投与は推奨できないが、重症例にはステロイドとの併用投与が推奨される。Hunt症候群に対しては麻痺の重症度にかかわらずルーチン投与が推奨されている。

Bell麻痺に対する抗ウイルス薬の有効性が欧米と日本では異なる背景がある。わが国においては、Bell麻痺と診断されている約20%がHunt症候群と同じVZVにより生じていること、また、抗ウイルス薬は麻痺発症3日以内に投与しなければ効果が期待できないことを考慮すると、重症例やヘルペスウイルスの関与が強く示唆される症例にはバラシクロビル(アクシロビルのプロドラッグ)を投与する意義があると考えられている。

Hunt症候群はVZVが病因であるにもかかわらず、顔面神経麻痺に対する抗ウイルス薬の比較試験や臨床試験がいまだ施行されていない。その理由として、Hunt症候群の頻度がBell麻痺の1/4と少なく、臨床試験を実施するのに十分な症例数が確保できないためと考えられている。Hunt症候群では顔面神経麻痺以外に耳介の帯状疱疹や難聴、めまいを合併することがあり、これらの治療も含め十分量の抗ウイルス薬の投与が必要である。また、抗ウイルス薬を使用することでステロイドの免疫陽性作用に伴うウイルス増殖も抑制され、脳炎や髄膜炎が予防できる可能性がある。すなわち、抗ウイルス薬を使用することにより大量かつ安全にステロイドが使用できるのである。

他の薬剤

メコバラミン(メチルコバラミン)はビタミンB12作用の本態である補酵素型ビタミンB12で、生体のメチル基転移反応に関与することが明らかにされている。
ビタミンB12は神経細胞の保持に必須のビタミンで、欠乏すれば末梢性神経障害などの神経障害を起こすことが知られている。メコバラミンは、Bell麻痺とHunt症候群の発症初期に投与される標準的な薬物となっている。

顔面神経減荷術

減荷術は、絞扼変性の観点からみれば合理的、かつ究極的な治療法である。ただし、末梢性顔面神経麻痺は致死的な疾患でないことから、基本的には、侵襲の強い外科的治療よりは保存的治療が第一選択となる。
よって、顔面神経麻痺における減荷術の位置づけは、ステロイド療法を中心とした保存的治療の成績に依存し、その適応は保存的治療の成績不良例か、または成績不良が予測される症例に限定される。いずれにしても、減荷術は麻痺急性期において最終的に選択される治療法として位置づけられる。

適応と手術時期
減荷術の適応例は高度麻痺である。変性の進行を阻止する観点からは、可能な限り早期であることが理想的であるが、手術至適時期は発症1週以降2週間以内と考えられている。40点法(柳原法)で8点以下、ENoG値で10%以下の条件を満たしている場合である。
減荷範囲
減荷範囲については、内耳道底まで減荷することが必要とする中頭蓋窩法と、膝部を含めれば迷路部の減荷は部分的で良いとする経乳突的減荷術がある。両術式とも保存治療単独より良好な成績が報告されている。報告では、病的共同運動の発生率は全減荷で少ない。
中耳炎症や外傷性顔面神経麻痺に対する減荷術
顔面神経麻痺は中耳炎症の合併症の1つとしてよく知られている。発症頻度は比較的稀で、予後も良好とされている。治療としては、抗菌薬による炎症のコントロール、鼓膜切開が推奨されている。減荷術の積極的な適応はないとされている。
外傷性顔面神経麻痺は、原則的にはBell麻痺とHunt症候群の急性期症例と同様に考える。骨折部で骨片の嵌頓があると判断した場合は、その除去とそれより末梢の減荷術を行うのが一般的である。

星状神経節ブロック(SGB)

星状神経節は、下頸交感神経節と第1胸部交感神経節が融合した神経節で、その支配領域は、頭部・顔面・頸部および上胸部であり、SGBはこの領域の有痛性疾患、虚血性疾患など幅広い適応をもった神経ブロック法である。

理学療法

顔面神経麻痺発症後、何もしないと表情筋のこわばりが生じ、痛くなる。また、逆に粗大で強力な随意運動を行うと、発症4ヶ月後に後遺症の1つである患側表情筋が一塊となって動く病的共同運動が生じることもある。
さらに、強力な随意運動を続けると患側表情筋が短縮し、安静時でも患側瞼裂狭小化、鼻唇溝深化、頬筋膨隆、口角外転拳上が固定した顔面拘縮ができあがる。リハビリテーションの目的は、病的共同運動や拘縮を予防し最小限にすることである。

リハビリテーション
顔面神経麻痺のリハビリテーションにおいては、最初にENoGを含めた電気生理学的検査を発症10日前後くらいに実施し、重症度と予後診断を行う。ENoG値>40%(40点法で、発症2週間で20/40点以上)は軽症例で、特別な理学的リハビリテーションは不要である。三叉神経第1・2枝の出口である眼窩上孔と眼窩下孔部の叩打あるいは圧痛がある場合、軽い表情筋の用手的伸長マッサージを行う。叩打や圧痛はマッサージによって2〜3日で改善することが多い。4〜6週間で治癒し、後遺症は残らない。

40%>ENoG値>10%(40点法で、発症8週間で18〜10/40点以上)は中等度症例で、軸索断裂再生繊維は1日1mmのスピードで再生し表情筋に到達する3ヶ月ほどで、麻痺はある程度に回復する。しかし、神経断裂再生繊維が表情筋に到達し始める4ヶ月以降に少し後遺症が出現する。
ENoG値<10%(40点法で、発症8週間で8/40点以上)は重症例で、再生繊維が表情筋に到達する3〜4ヶ月以降に回復が始まると同時に、病的共同運動や顔面拘縮など機能異常あるいは後遺症が出現する。

後遺症予防、あるいは後遺症軽減の臨海時期
Bell麻痺とHunt症候群では、膝神経節病変の変性部位で、変性が起こるのとほぼ同時に神経再生も起こり始める。ENoG値<40%の症例では、神経断裂繊維を含んでいることから、迷入再生が起こる。再生繊維が表情筋に到達し始めるのは3〜4ヶ月であるが、すでにこの間に迷入再生は進行している。末梢神経障害の理学療法では、強力な随意運動や神経節電気刺激(低周波治療)によって筋を収縮することによって神経再生は促進される。
しかし、顔面神経では、神経再生を促進させて良いのは、脱髄と軸索断裂繊維である。神経断裂繊維の再生を促進させることは、4ヶ月後に後遺症である病的共同運動と拘縮を形成することになる。少なくとも発症から3ヶ月間は、表情筋の協力で粗大な収縮を避けて、用手的伸張マッサージを行うことによって迷入再生を予防・軽減する必要がある。
中病的共同運動と顔面拘縮の予防
急性期のリハビリテーションの目標は、迷入再生神経による病的共同運動や顔面拘縮など後遺症を予防し、軽減することである。このため、ENoG値<40%の神経変性のある症例(40点法で、発症4週間で8/40点以下)に対しては、神経再生を促進する顔面の協力で粗大な随時運動と神経筋電気刺激(低周波治療)を回避する必要がある。患側の筋収縮を誘発するために、神経断裂繊維の迷入再生も促進し、病的共同運動の原因になる。さらに顔面神経核の興奮性亢進をいっそう促して、筋短縮による顔面拘縮を助長することにもなる。

ヒトは生理的な瞬きを1日に10,000回以上、喋る、食べるなどの口の運動も10,000回以上と、神経再生には十分な表情筋運動を行っていることになる。しかし強い両眼の閉瞼、口笛吹き、頬膨らまし動作は、口から目へあるいは目から口への迷入再生による過誤支配を促進させる。
頻回の表情筋の伸張マッサージによって、神経断裂繊維による迷入再生とさらに筋短縮に伴う顔面拘縮を抑制することができる。しかし発症3ヶ月の間に、協力で粗大な随時運動を行った場合には、後遺症予防や軽減は難しい。病的共同運動では患側眼裂狭小が顕著になるために、発症時から眼輪筋の伸張を行うと、眼裂狭小化の後遺症がある程度予防できる。眼輪筋の拮抗筋である眼瞼拳筋を使い頻回に開瞼を行うと有効である。

用手的伸張マッサージ
顔面神経麻痺筋の伸張マッサージは、筋繊維走行に沿った伸張が原則であるが、縦横、あるいは円を描くように伸張してもかまわない。眼輪筋と口輪筋は円形であるが、上部と下部で水平に伸張する。基本的な原則は、筋繊維を伸張することである。
筋力低下によるアプローチ
ENoG値<10%〜20%の症例は、発症4ヶ月以降に後遺症として病的共同運動や顔面拘縮が出現する。その他に筋力の改善も難しい。特に上唇拳筋(前歯を見せる)、笑筋/頬骨筋(イーと口角を外転させる)、眼輪筋(閉瞼)、前頭筋(額のしわ寄せ)などの筋力改善が難しいことが多い。これらの症例では、個別的な筋力強化が必要である。
発症3ヶ月頃から、協力で粗大な随時運動を避け、さらに病的共同運動を誘発しないように、ゆっくりとした患側の個別的筋力強化が必要である。強い両側の対称性の閉眼、額のしわ寄せ、口角外転、前歯を見せる運動、さらに口笛吹き、頬膨らましは行わない。あくまでも患側の個別的筋力強化が重要で、鏡を見ながら行う(バイオフィードバック療法)。